釈尊に学ぶ「今を生きる智慧」~寺子屋三宝庵~
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昇った太陽が必ず沈むのと同じ確率で生まれたものは必ず死にます。
しかも、いつどのように死ぬかは決められません。

また、今現在生きている私達にとって、大切な故人へのご供養がどのようにしたら届くのか、と気になります。

その答えがここにあります。















戒名は亡くなってから付けてもらうもの、と思っていませんか?本来は、生きている時に付けてもらうべきものなのです。戒名は、五つの戒律を守って生きたい人が、この戒律を既に受け持っている戒師から授かるもので、仏教徒としての名前なのです。五つの戒律(五戒)とは、不殺生(生命を殺さない)、不偸盗(盗みをしない)、不邪淫(邪な性関係を持たない)、不妄語(嘘をついて他人に損害を与えない)、不飲酒(酒や麻薬などを乱用しない)の五つです。

戒律は自主的に守るものであり、強制されて守るものではありません。この五つの戒律を守る生き方をしていくと、自分自身が守られ、幸せになり、智慧が生まれてくるのです。

死が私達を捕らえる前に、心を清らかにする修行に励むべきではないでしょうか。



法事は、故人のご供養のために功徳を積み、それを回向する行為です。

全ての物事は、原因と結果で成り立っています。
善い行為(善行為)には善い結果(善果)を生み出す力があります。
この善果を生み出す力を功徳と呼びます。故人にこの功徳を差し上げることが出来ると、故人が善い結果を受けることが出来るのです。
功徳を回向しようと頑張る人は、善いことを次々にすることになりますので、必ず幸せになります。さらに、回向をしてもらった生命が喜び、守ってくれるようにもなりますので、幸せが離れることがなくなるのです。


それでは、善い行為とはどのようなものなのか、どのように功徳を回向するのかが気になりますね。

善い行為とは、次の三点をクリアしている行為です。一、自分の役に立つこと。二、相手の役に立つこと。三、全ての生命の役に立つこと。

例えば、ゴミを拾うこと、節水・節電をすること、慈善団体や正しい仏教を伝えている団体に寄付・お布施をすること、全ての生き物に対して親切であること、これらは全て善い行為となります。また、自分の心を清らかにするお経をお唱えすること、慈悲の瞑想をすることも立派な善行為です。これらは自分が幸せになるためにすることであり、喜んでさせて頂ける範囲内ですれば良いことなのです。

そして、こうして積まれた功徳は、「生きとし生けるものに回向致します。」と宣言するだけで、大切な故人にも自分の代々の先祖にも回向することが出来ます。


ご自宅でのご法事のお勤めを承ります。ご希望の方はご連絡下さいませ。

また、善行為をする上でのご参考にリンクをご用意させて頂いております。ご覧下さい。





伝統的なお墓、合葬墓、散骨、樹木葬、献体など、死後、肉体の進む道も、色々あるようです。自然に優しい死に方を考えていらっしゃる方も多いと思います。

先日、ご遺志により献体の道を歩まれた方のお葬儀をさせて頂きました。献体としてお見送りする時には、寂しさの中にも、誇らしさがご遺族の中に感じられました。その様な道もあるのですね。

現在当方に、ご葬儀やご納骨のご相談を頂いた時には、信頼の出来る葬儀社様、石材社様をご紹介させて頂いております。

ゆくゆくは、「合葬墓」を準備し、一部のお骨は位牌に納めて、お寺でのご供養をしていきたいと思っております。
しかし貧乏僧侶なので、なかなか話も進展いたしません。今しばらくお待ち下さいませ。

献体、臓器提供に関するリンクもご用意してあります。ご覧下さい。




良い香り、美しい花、明るい光の下で、大切な故人を次の世にお送りしたいという気持ちは、自然なものであり、故人の人生への敬意と感謝の気持ちの表れともいえるでしょう。お線香、お花、お灯明は、通夜の時から四十九日までの間、絶やすことなく、心を込めてお供えしたいものです。

一本のお線香を燻らすと、部屋には良い香りが充満します。そのことから、お線香をお供えする時には、周りの人々に良い雰囲気を感じて頂ける様な人間に成長するという誓いをすることが大切です。

お花は誰に対しても平等に、きれいな姿を見せてくれます。お花をお供えする時には、誰に対しても、どのような生命に対しても、優しいきれいな心で向き合いますという誓いをして頂きたいものです。

優しいきれいな心は、仏教では「慈・悲・喜・捨」という四つに分類します。「慈」とは友情の様な親しさ、「悲」とは母性のような思いやり、「喜」とは他人の成功を羨むことなく共に喜べること,「捨」とは命の平等性を感じることです。この四つの心を失わない事が、そのまま仏道修行になります。

お灯明は、明かりを生み出します。仏教には「自灯明・法灯明」という言葉があります。お釈迦様の教えに耳を傾け、自分自身を落ち込ませることなく、明るい心を保つことが出来る人が「国の宝」です。その様に、自分自身が明かりを生み出す人間になる誓いをするために、お灯明はお供えします。




戒名(法名)とは、受戒の際に与えられる名前で、当然生前に与えられるものでした。しかし中世以後、生前に五戒を受けなかった人が亡くなり仏教形式で葬儀をする時には、先ず亡者に対してこの五戒を授け、それと同時にこの亡者に戒名が授けられるようになりました。故人に葬送作法の中で五戒を受けさせ、仏弟子として幸せに次の世に進んでもらいたいという民衆の願いが込められたのでしょう。現在の日本の伝統的仏教葬儀においても、「俗名」のままでの葬儀よりも、葬送作法の中で故人に「五戒」を授け、「戒名」を授ける事が一般的となっています。

故人に「戒名」という新たな「名前」が付くことによって、刻々と万物は変化しているということを感じて頂くことが、無常を理解するということになります。また、日本の文化・伝統を守る意味でも、「戒名」は必要といえるでしょう。

また、心のこもった家族葬の導師も承っております。お問い合わせ下さい。



お戒名やお布施の問題で、お寺と問題が起こることはしばしば聞かれます。遺産やお祀りの仕方で遺族同士で問題が起こることもあります。その様な問題が起こらないためにも、家族がそろって元気な時から、しっかり仏教を学び、論理的な思考を育て、不測の事態にいつでも対応出来るようにしておくことが大切です。

また、霊感による脅しも後を絶ちません。先祖供養が足りない、水子の霊が祟っている、墓相が良くないなどと、一昔前の様な脅しが今でも行なわれています。問題なのは、その様な脅しが行なわれていることではなく、その様な非科学的な情報にすっかり騙されて被害を受けてしまう人がいるということです。

「得と損、名誉と不名誉、賞賛と非難、幸と不幸」これらは、この世において回ってくるものです。この八つの「浮き沈み」に心を悩ませることのない平常心を、仏教を学んで育てていきましょう。

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